Trick and treat!


2.

 こんな事になるんだったら、ハロウィン喜劇に興味があろうとなかろうと、ハロウィンの夜を静かに過ごしたくても、父と母に大人しくついていくべきだった。そっちの方がよっぽど心は平穏だ。
 よもや、家の中で二人の道化と共に喜劇を演じることになるなんて、思わなかった。
 いや、もし思ってたら頭がおかしいだろうと、弱冠13歳の少年は遠い目をした。
「ホラ、言ったでしょう。アンタの味覚はおかしいんだって」
 今度は足を組んで椅子に座っている―といっても、座っているのは椅子の背もたれの上だが―魔女が口を開く。
「それは違うぞ。私ひとりが正常で、他が異常なだけのこと」
「他と違ったところがないことを、『正常』って言うのよ。だからあなたは『異常』なの」
「異常に異常と呼ばれたくはないなぁ」
「あたしのどこが異常なのよ!?」
「どこと言われても、性格、格好、味覚‥キリがない」
「他はともかく、味覚は正常です!」
 性格と格好は否定しないのか。と思わなかったわけでもないが、このワケの分からない喧嘩にこれ以上巻き込まれるのはこりごりだったので、康紀はとりあえず二人を落ち着かせようと思い、おそるおそる言った。
「‥お互い、同じかぼちゃなんだからさ、仲良くしなよ」
「「同じ!?」」
 同じ、という言葉を口にした瞬間、二人が物凄い勢いで聞き返してきて、康紀は自分が特大サイズの爆弾を投下してしまったらしいことに気付いたのだが、それはもうあとの祭り。
「同じなものか!」
「同じじゃないわ!」
 凄い剣幕の二人は康紀に詰め寄ると、言葉の撤回を求めてきた。
「私の頭は気品ある、中世ヨーロッパの貴族の庭で作られた気品あるかぼちゃ。あそこの田舎臭いどでかぼちゃと同列扱いされるのは心外極まりないぞ!」
「なーにが気品ある、よ!庭っていってもとんでもなく広いんだから、隅の方にいつの間にか生えてでかくなっただけのくせに!それにひきかえあたしが被ってるのは、10代続く伝統ある農家で丹誠込めて作られたかぼちゃ。コイツとは違うの!」
「そのかぼちゃは明らかに嵐で売り物にならなくなって捨てられたものではないか。後ろの方に傷が多い!」
「うっさいこの野良かぼちゃ!」
「第一、何故かぼちゃを被った更にその上に帽子を被るのか!帽子だけで良いだろう。著作権侵害と名誉毀損で訴えたいところだ!」
「だったらあなたはそのかぼちゃ脱ぎなさいよ!」
「これは私が私であるという印。ハロウィンの間はね」
「去年はたしか悪魔のお面じゃなかった?名前も違ったわよね」
「さて、そうだったかな」
「ほーらでた、都合が悪くなるとすぐそうやってはぐらかしたり嘘ついたり‥」
「私は、この頭とデーモンに誓って嘘など吐かぬ。ただ本当のことを言わないだけだ」
「なにが『デーモンに誓って』よ、会ったこともないくせに!」
「人間とて会ったことのない神に誓うではないか。それに、その『なにが』という口癖をやめたらどうだ。聞き苦しい。第一、いい年をした娘がその口調はないのではないか?」
「きゃああ、さぶいぼが!オジンくさくて鼻が曲がっちゃうわ!」
「‥‥あのー」
 いつの間にやら蚊帳の外になっていた康紀がおずおずと声を掛けると二人はぴたりと言い合いを止め、こちらへ向けて勢いよく振り向いた。
「此奴の阿呆さは見ていて分かったろう、少年よ。此奴は間違いなく今年も馬鹿な大騒ぎを起こして楽しむつもりだ。昨年など空からとんでもないものを降らせ、人々の叫び声が街を包み込んだ。私を信じなければ、街が大変なことになるぞ。このシルクハットの中に菓子を入れたまえ」
「何言ってるのよ、ジャック・O・リュミエール。ふざけた顔そのまんまの大嘘吐き。キミ、コイツの言うこと信じると、街中、みぃんな化け物の姿に変えられるわよ。コイツは人々が驚き慌てふためくのが楽しくて仕方ないの。ああ、悪趣味!!でも安心して。あたしが護ってあげる。だから、お菓子を頂戴?」
「「で、どっちを信じる?」」
 どっちを信じる、と言われても、どちらもどこをどうやって信じたらよいのだろうか。
 そもそも何故ごく一般人の自分一人にいきなり町の人みんなの命運がかかってしまうのかが不明だし、お菓子が欲しいのだったらそんな町を救うとか面倒なことをせずにその格好で街を廻ればいくらでも手に入るだろうと思うし、行動も言動も見た目もなんもかんも信じられる要素が皆無なんですが、という疑問はだすにだせない。
「えーと‥‥」
 ごくりと息を呑んでこちらを凝視する二人を見据え、康紀は覚悟を決めて、ハッキリと言った。
「迷惑なので二人とも出て行って下さい!」
「なっ‥」
「迷惑!迷惑か!それは、正に!正に、当たり前のことだ!!」
 康紀の言葉に魔女は絶句し、かぼちゃ男は大きな声で笑い出した。
「お菓子は二人とも同じずつあげるから、頼むから早くでてって!」
 二人にお菓子をあげれば、とりあえずジャックとやらは魔女を止めて魔女とやらはジャックを止めるだろうし。
 魔女の起こした不可思議な現象や、鍵もないのに入っていたり、そもそも少年の家が分かったあたり、何もせず追い返すのは少し怖いし。
 まあ兎に角、仲は悪くとも殺し合うような感じでは無さそうなので、勝手にやってて、というところだ。
「お菓子をあげれば、いたずらはしないんでしょ?」
 康紀は若干ひきつってしまっただろうが、兎に角いたずらっぽく笑うように努めた。
「ホラ、決めぜりふ」
 とりあえず一刻も早く出て行って欲しいという思いから康紀がせかすと、魔女は、ん?という顔で首を傾げた。
が、かぼちゃ男は意図に気付いたようで、笑いながら芝居がかった仕草でシルクハットをとった。
それによりやっと気付いたらしく、魔女も渋り顔で帽子(魔女帽の方)を差し出した。

 そして、二人で同時に言う。魔女は不機嫌に、かぼちゃ男は陽気に。

「Trick and treat !」

 にやっと笑った康紀は、怖がるような仕草で言葉を返す。

「I'm scared!」

 魔女は悔しそうながらも嬉しげな顔で、50円チョコや飴や美味いバーの入った帽子の中を覗き込み、かぼちゃ頭は華麗に一礼し、中身をひっくり返すことなく帽子を頭に乗せた。
「じゃあね」
 少年の言葉に、魔女は小さく手を振るとくるりと回って姿を消し、かぼちゃ頭は「お邪魔した」などと言いつつ、堂々と玄関から出て行った。
 一人になった我が家に、ふと静寂が満ち。
「‥‥‥たっっはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 康紀は、勢いよく椅子の背にもたれかかると、それはもう盛大なため息を吐いた。
「‥結局なんだったんだろう‥‥賑やかな人達だったな‥‥」
 つい先程起こったことがハロウィンの幻でないことは、今もテーブルの上で甘い香りの湯気を立てるカップと、大量に無くなったお菓子が静かに主張している。
「あーあ、折角お菓子いっぱい買ったのになぁ‥約400円が消えた‥‥」
 もしかしたらあれは悪質な強盗だったかもしれない。ただし、お菓子強盗。
 そこまで考えて、康紀はあまりの馬鹿らしさに口の端をつり上げた。
 一体これはどういう種類のファンタジーなのだろう。
 明日、学校に行ったらファンタジー作家の息子のくせして妙に現実的な同級生に、自分の体験としてでなくどこかで読んだ本の話として聞かせてみようと思う。笑うかな。
 康紀は、余った美味いバー、ジャガバター味の袋を開けて、囓った。
「‥‥やっぱり美味いバーは美味いじゃん」
 今ここにはいないあのかぼちゃに小さく反論してみる。あの場で反論できなかったのが少し情けない。
 そんなことを思いながら、カップに再び口を付けて、その甘さに顔をしかめた。やっぱり、夢じゃ、ない。
 来年も、彼らは来るのだろうか。来る気がする。ただし、次に来るのはここじゃなく、また別の子供の所。
 ハロウィンの日の夜に、何も知らずにお菓子を持って歩いてる子供。
 その子は、どっちを信じるんだろう。それとも、どっちも信じないのかな。そんなくだらないことを考えていると、段々楽しい気分になってきた。
「お菓子かイタズラか、ね‥‥‥」
 両腕を頭の上で組み、天井を仰いだ康紀の頭に、ふと違和感が登ってきた。
「‥‥‥‥‥お菓子‥『か』イタズラか、だよな?」
 さっき、二人が言ったのは。

   『Trick “and” treat !』

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あんど?」

 冷や汗が、たらぁと背をすべり落ちた。


  ===========================


 さて、所は変わって、お月様の綺麗な外。
 とあるマンションの屋上に、二つの人影。
「やられたな」
「‥あー、最近の子供ってむっかつくー!」
「菓子をもらった身で何を言うか。とにかく、今年の勝負は引き分けということになるなぁ」
「あたしは認めないわー!っていうか認めたくない!」
「やれやれ、あの少年よりお前の方がお子様とは嘆かわしいことだ‥」
「うっさーい!」
「それはともかく、『イタズラ』を同時にやるのは初めてだが」
「なるようになるんじゃない?でも、あなたのは、ほんっと趣味わるいわ!」
「この世の誰に罵られるより心外なのだが。お前のは、菓子屋が気の毒だ」
「いいでしょ、別に。お菓子屋さんだってきっと喜ぶわよ」
「さて、それはどうだろう‥‥では、幸運を祈る」
「あなたもね」

 二人のイタズラ好きは、二人同時に飛びたった。


  ============================


 その夜、人の手のひらの上に落ちるとかぼちゃの形の飴に変わり、口の中に落ちればほんのり甘い、オレンジ色をした世にも不思議な雨が降り、誰も彼もが、かぼちゃ、黒猫、ゴースト、魔女、悪魔、果ては天使や海賊など、愉快な仮装に包まれたという。
 中でもかぼちゃの仮装が一番多かったそうだ。

 ちなみに、中でも一際目立つ大きなかぼちゃ頭とオレンジの服の魔女がコンビニの横で
「む、どさくさに紛れて美味いバーが入っている‥」
「じゃあそれとこのチョコ交換してよ。口の中が甘ったるくて飽きちゃった」
「矢張り市販のチョコは大分苦いな。この苦みがよいのだが」
「‥‥カカオ99・3%とか食べたら目が覚めるのかもね」
「私は、中途半端は好かないのでね。どうせなら十割だ」
「あたしもよ。でも引き分けもたまにはいいかもね」
「来年の勝負は私が勝つがな」
「来年選ぶのはあたしだもの。私はもっと素直な子選ぼうっと」
 なんて喋っているのを聞いた人が居たとか何とか。

  とりあえず、ハロウィンの日の、幻でないことだけは確かである。




  Trick and treat!   Fin.





  novel top   back